Published: 2025年8月28日
必ず、かの邪知暴虐の会社を刺さねばならぬと決意した。
左右座には縦社会が分からぬ。左右座は株小僧である。相場をなぶって単位を落として遊んできた。けれども邪悪に対しては、人一倍敏感であった。
そんな次第で、いつぞやの年末年始にお祖父さんの慶弔休暇も併せて長期の休みを取り、ここが勝負ぞと、封印していた日記帳の習慣を復活させ、考えごとを書き書きして、冷静な頭でまとめてみた。
冷静になるどころか、沸いてくるのは、度し難い不正義に対する度し難い怒りであった。
僕は怒りに気が遠くなりながら、上司や会社が言っていることが理屈に合うのか、一つ一つ検証していった。
「今、俺の言う事を聴いて苦労しないと負け組になる!」
「お前も高級外車に乗って勝ち組になれ!」
「毎日キャバクラ行ける!」
「我慢しろ!」
「数字やれ!」
我慢して耐えて、得られる未来は今の上司たちの姿なんだろうけど、まったく羨ましいとは思えない。内臓が悪くなってドブみたいな顔色になり、肥え太った豚のように首肉が襟に食い込んでいる。ハアハアと臭い息吐いてる。とても気持ち悪い。
上司いわく、人生の成功とは、刺激的な仕事、高い年収、いいクルマ、いい女、美味い酒、これなのだと。
僕は、会社が吊るすニンジンを改めて思い描き、率直に思った。
「けっ、そんなもの要らんわ」
紙に書いてゆっくり考えないと、そんな単純な自分の声すらも聴き取れなくなっていたのだ。
おかしい事は他にもたくさんある。
パワーハラスメント、無給の休日出勤、サービス残業。
どれもこれも、会社の恐怖政治的な空気によって、当然のものとされていたが、考えてみればそれらは法に背いた行為だ。犯罪、と言うのではないだろうか??と。
これも紙に書いて考えないと、抱きようが無い疑問であった。洗脳の凄まじさである。
そもそもだ。
恐怖政治の『恐怖』って何だ?
みんな、何をそんなに怖れ、何にそんなに怯えているのか?
分からない。何が恐いの?
怖い怖いと言っているだけで、縦社会だとか体育会系だとか言うクソみたいな精神論にしか拠り所のない、知性の貧弱な馬鹿どもが生んだ幻が、『恐怖』の正体かもしれない。ならば、実態など無いではないか。
会社を辞める選択について、上司はよく自分の後輩の例を挙げていた。
会社からドロップアウトして、そのままホームレスになったとの事だった。その後輩は金を借りに来たけど、インターホン越しに追い払ったという。冷たい奴だ。
だから、会社を辞めた者は負け組だ、会社にいれば安全だ、という理屈であった。
これもおかしい。
なぜなら、何かしら働いていればそこまで生活に困窮する事は無いからだ。昔したアルバイトの立場から正社員を見ても、ここまで非人道的な労働環境では全く無かったという記憶がある。むしろ、この仕事で脳をやられた可能性がある。(※事実、僕が後に退職するきっかけになったのは、先輩が若くして脳腫瘍になって入院する騒ぎがあったから、である)
人格の破綻した上司の捏造癖を、割り引いて考えるべきだろう。
自分の欲しい物はここには無いなあ。
すがすがしいぐらいに無い。
この組織に長く居て、積み上げて行けば届くとか、そういう延長線上には腐った未来しか無い。
日記のパワーは凄い。視野を広げてくれる。真に欲しい物があるなら、負けるべきところでは負けてもいい。全てに勝とうとしてはいけない事を教えてくれる。
ある程度考えがまとまれば、結論はあっと言う間だった。
ここに居てはだめだ、と言う事。早く離れよう、と言う事。
なんでこんな簡単な事が分からなかったんだろう。
僕の中で、『不可思議』は『怒り』に変わった。
ふつふつと熱いものがこみ上げてきた。ムカついているのだ。
退職すると同時に、会社を殴りつけてやると決心した。
ひ弱い僕が、恐竜の如き強大な会社を相手に、素手でパンチしてやるのだ。職場の人間たちは「勝てるわけが無い」とぶるぶる震えている。学歴優秀のくせに、そろいもそろって腰抜けばかりだ。
僕は勝てると思った。詰将棋と同じで、紙に書いて考えて、どうやっても勝てると踏んだ。やってやる覚悟を決めた。四万歩譲って、せめてお世話になった会社でもあるので、弁護士は頼まず、自分一人の手で全ての手続きをやってやろうと決めた。
彼らは職務上の都合でコンプラコンプラ言うけれど、遵法意識は恐ろしく低く、また無知でもある。職位の高い者が低い者の胸ぐら掴んで怒鳴つければ白が黒になる世界にどっぷり浸かっている。どれだけ偉そうに吠えても、無知な人間と戦うのは非常に簡単だという事を、大学生の頃に古典として読んでいた『ナニワ金融道』が詳しく教えてくれていた。
色々な攻め方を検討した結果、『未払い残業代の申請』で攻める事にした。
正月も過ぎるころには、僕に憑いていたどす黒い魔はみるみる浄化されて、代わりに明るい闘争心がムラムラと湧き上がってくるのを感じた。