Published: 2025年9月9日
「おう!俺が百歩譲って支店長に報告できる数字は、これこれだ!この数字で報告あげるぞ!いいか!月曜までにここまで仕上げとかねえといけねえ!徹底的に追及するぞ!出来ないは有り得ねえ!俺の言ってることは分かってるよな?もう逃げ道はねえんだぞ?」
要するに、無償で土日出勤しろ、と。
だがそれを直接指示することは立場上出来ない、と言っている訳だ。
曰く、オフィスは土日開けておくから好きに使え、と。
やり方は問わないから、俺が今から支店長に報告する数字はこれこれで、ここに達するよう各自が月曜までに数字を作って来い。もし月曜会社来た時に数字増えてなかったら、もの凄い罰を与えるぞ、と。
僕の立場からすると、この現象は、上司が支店長へする水増し報告の尻拭いを僕たちがさせられて理不尽だ、と言うことになる。が、大局的に見れば、上司もまたその上が怖い。
マネージャー(上司)はブランチマネージャー(支店長)から常時凄まじいプレッシャーをかけられているし、支店長らは取締役たちから身の毛もよだつ様な数字を課せられているし、取締役たちは株主(創業者一族とか外人株主)が怖くて頑張っているし、と、恫喝の連鎖は連綿として続いてゆくのだ。
「今を頑張れば必ず将来いい思いができる!きつい思いがお前たちの財産になる!20台は一度きりしかねえんだ!20台で付いた差は30台以降、一生取り返すことは出来ねえんだぞ!だから頑張れ!勝ちたいんだろ!頑張れよ!今を駆け抜けろよ!」
馬鹿言えよ、と僕は思う。
頑張ったご褒美が、今お前が座ってるマネージャーの椅子だと言うけど、お前ぜんぜん顔色死んどるやんけ。だとしたら、それはご褒美でも何でもねえ。頑張った先に、更なる暴力と、更なる不正義の連鎖があるのなら、そりゃ生き地獄だよ。
「辞めて行った奴らもいるよなあ。あいつらは絶対に俺たちよりも貧しくなってる。俺の大学のツレは、俺の車見てよ、すげえなすげえなって言うんだ(中略)俺はもう恥ずかしくて国産車じゃ道走れねえ、お前らもいい車乗りたいだろ!?なあ!!」
そういうあなたは毎日プレッシャーに怯えとるやん。家族にもそんな調子で怒鳴る癖がついて、それで奥さんにも子供にも逃げられとるやん。自分もボロボロになって、恐怖と強欲に駆り立てられて踊らされ続けとるやん。車ってそうまでして乗るもんか?
こいつの言うこと聴いてもダメだ。
僕の思考は、すでに彼方に飛んでいた。
果たして、目眩がするほどの時間が経った。上司の説教は各チームともいよいよエスカレートし、まだ終わりそうにない。
フロアのずっと遠く、向こうに、ガラス張りの支店長室が見える。
支店長は足を机に投げ出して、反り返りながら楽しそうに金曜夜の長電話に興じていたらしいが、ふと、何か思い出したかの様に、支店長室からフロアに向けて顔だけひょっこり覗かせた。
フロア中の注目が支店長に集まった。シーンとなった。
「オーウ、お前ら早く帰れよ〜」
なんだ、まだいたのか、とでも言わんばかりの呑気な調子である。
支店長はすぐに豪奢なガラス部屋の向こう側に戻って、再びゲラゲラと笑いながら電話を続ける。
各チームのマネージャーたちはそれを聴くや否や、ピタリと説教を止めた。
チームにはすぐに解散が言い渡され、帰宅命令が下されるのであった。
以後、誰も口を開く者はいない。無言で荷物をまとめテキパキ帰る。
フロアには、遠く向こうにいる支店長の談笑の声だけが、こだましていた。