Published: 2025年10月20日
「若いのに根性ある大家の卵がいる」
間もなく僕は、地元の大家会の情報網に引っかかった。
「ちょっと君、顔出せや」
と。
若くて気合入った奴が居るとなれば、小僧相手にも向こうからコンタクトしてくるのが創業大家の集まりだ。みんなカネが有り余っている上、定職にも就かず、毎日ブラブラして暇なのだ。そして驚くべき事に、趣味は不動産しか無い。ゆえに、不動産の暇つぶしネタに、常に目を光らせている。
当時の僕は、ヤフーオークションで買った10万9000円のボロい車(走行24万キロ)に、寝袋とリフォーム道具を載せて、週末から物件に泊まり込みして修繕工事をしている。例の92万円で買った区分所有のマンション一室である。気合入りまくりでツッパってた。
彼らに招かれて、僕は不動産賃貸経営者たちが集まる会合に顔を出せるようになった。みんな桁違いのお金持ちばかりだった。なのに、会合の場所は激安居酒屋だ。投資家あるあるである。
隣に座ってる冴えないおじさんが、話してみると20億円ぐらい物件を持ってる。
「年収?うーん、3000万円ぐらいだったっけ?」
んで、ほとんど働いてません、と。
そんな奴がゴロゴロいる。僕は確かに『お金持ちの行列』の最後尾に並んでいると思った。(※今なら分かるけど物件20億持ってて、年収3000万円は嘘だ。少な過ぎる。彼らは常に自分のことを過少に語る)
んで、話してる内容が、根本から勤め人とは違う。
銀行融資の動向や、法律、税金、経営、などなど。
すごく頭の回る人たちだった。なのに、みんな温厚でのんびりしてる。勤め人の世界のデキる人とは全くもって違う。
俺は仕事がデキるぜ!とか言って、緊張感を漲らせ、オーバーアクションで、空しい虚勢を張る勤め人の価値観は、そこには無い。
そう、仕事がデキるデキないに価値観を持つなんて、労働者根性の最たるもので、資本家にとっては全然重要な資質ではない。仕事なぞ、人雇ってそいつにやらしゃ済むし、資格系の疑問も顧問に聞けば済む、そう言う世界観でゆったりと包まれている場だった。
「サウザーちゃんも、早く1億ぐらい借りて勝負しなよ~」
「いーや!1億は少ないね!勝負とは呼べない!」
「そうだよ、やっぱ10億ぐらい借りないと…」
「セルフリフォームやってるなら、リスク管理も大丈夫でしょ?やってみなよ?」
「というか新築はやらないの?」
「おいおい、築古できる人なら新築はやらないでしょ。築古で続けていけば手堅いよ」
「セルフだとクロス(壁紙)単価って幾らなんだっけ?」
こんな話ばかり。ずっと不動産の話で盛り上がってる。
春の人事異動の噂話と、上司を殴ってやる妄想で盛り上がる勤め人とは違う。好きな事を夢中で追いかけてる人たちだ。
今の僕ぐらいの年齢で、若くして勤め人を卒業し、悠々自適な生活を送っている人もいた。
ところがである。彼らにも重大な弱点があった。
結婚してる人が少ないのである。
利回りとかキャッシュフローとかバランスシートとか言っていると、生物としての生命力が弱まるのであろうか。勃起よりも簿記を重視しすぎて、勃起力が弱体化してしまったのかもしれない。
見事に、デブかガリガリかのどちらかだ。これも投資家あるあるだが、服装が極めてダサい。喋り方もぼそぼそと小さい声の人が多く、つまりは、投資というゲームで突き抜けてはいるものの、オタク気質なのである。
経済的に勝ってる人ばかりだが、恋愛面で『勝ってる』人は、あまり見かけない。
僕もまた、『お金持ちの行列』に並び、小也(しょうなり)とは言え、お金持ち精神を備えたことによって、突き抜けたオタク、どうしようもない非モテに成り果てていた。
長い非モテの暗黒トンネルの始まりであった。今となっては昔の話である。