Published: 2026年2月18日
個人の所得にまつわる税金の話を縷々述べて来た。
結論は明らかである。
この日本国においては、人は皆、税金の限界に阻まれて個人の所得では絶対にお金持ちにはなれない仕組みになってる。
そして、勤め人は、給料と言う仕組みの限界に阻まれて、これまた絶対にお金持ちにはなれない宿命を背負っている。
税制が個人で身分が勤め人、となると、絶対に金持ちになれないのは明白で、それどころか、不自由と制限と忍耐の側で一生を暮らさねばならない。
自由と豊かさの側には行けない。(行けないものだ、と言う洗脳もされるんだけど)
何度も述べてきた通りだが、給料とは、勤め人が労働力を回復するための経費に過ぎぬ。
その人が勤め人である限り、仕事で突出した成果を出しても、天性の才能を発揮したとしても、懸命に努力奮励しようとて、貰える報酬は身体の回復の経費だけだ。
上前は全てご主人様にピンハネされる仕組みになっている。
もしも運良くご主人様が『成果に報いる』と言う奇特な趣味を持っていて、勤め人が多額の給料を貰う僥倖に恵まれたとて、今度は税金と言う名目で国家が勤め人からお金を巻き上げてしまう。
故に、どうやってもお金は残らない。
生身の個人はお金持ちになれないのだ。
給料システムと税金の限界はあたかも、カブトムシの飼育ケースみたいな物であって、勤め人たちはその狭い飼育ケースの中で、
「俺が強え!」
「いーや俺の方が強え!」
と、ツノを突き合って、学歴とか年収とか乗ってる車を自慢しあって、不細工な恐妻に尻に敷かれながら慎ましくセックスして、また新しいカブトムシの子を残し、老いて、死んで行くのである。
ケース内の湿度を保つべくたまに霧吹きしたり、昆虫ゼリーを補給したり、カブトムシが昼間に寝られるように木の皮を置いたり、そんな虫の世話をする人間様の役を、政治家や官僚や事業家がやってるって訳である。
頭の良い人がルールを作り、頭の悪い人はそのルールの中で飼われて生きる、まさにこれだ。
ルールの中で生きる人々は、夢とか目標とか価値観、果ては生きる意味に至るまで、ルールを作った人間から与えられているのだと言うことを想像も出来ないのである。
そんな昆虫ケースの世界から、生身の個人では抜け出す事はできない。
抜け出すためのチケットは何だろうか?
それは、
一に、商品。
二に、法人。
である。
個人では絶対にお金持ちになれない宿命だけれど、法人をお金持ちにする事は、可能だ。
自分で法人を作り、その法人を金持ちにするんである。
資本主義世界で、交換に値する商品やサービスを持たせた法人には、給料制度の限界は存在しないし、税金の限界も個人に比べたらだるんだるんに緩い。
順序はこうだ。
商品を頑張って考え出す。
ビジネスモデルも他人のをパクるなり自分で磨くなりして、何とか編み出す。
そして法人を持つ。
最初は勤め人しながらでいい。
この国では、
『ゆるふわ勤め人+法人』
の組み合わせが最強、と言う話は何かにつけてしているのだが、それはつまり、個人の所得のハコは、勤め人の給与所得で良い塩梅に満たしておいて、その上で副業をし、副業の収入を法人のハコに貯めて行くのが優れた作戦となる。
給与と副業の収入の受け皿を、個人の所得のみにすると、総合課税で狙い撃ちされて即座に死亡であるが、ひとたび法人を持つや、アラ不思議、ハコが一つ増えちゃう訳で、個人のハコと、法人のハコと、収入を分ける事ができてしまう。
ハイスペの個人一人よりも、低スペ個人と、低スペ法人と、二つに分割する方が税金で大幅に有利になる。
そう、この国では貧乏な方が強いの。
だからハイスペ自慢してる奴は何重もの意味でマヌケなのだ。昆虫ケースの中のカブトムシに過ぎない。
そして、商品を持った法人には、勤め人の限界無しな上、『経費』で損金にして収入を減らすと言う、個人では原則使えない超強力コマンドが、新たに使えるようになる。
そんな大枠の話。
細かい話は次回。
つづく。