Published: 2025年12月14日
ここのところ女がどうたら雌豚がどうたらみたいな話ばかりして居たゆえ、どのツラ下げてカネの話をすれば良いか、空気感が掴めぬと言う本心を吐露しつつ書く。
以前より、常識的な勤め人の三大お金食う行事として、家、車、結婚式を挙げていた。
勤め人の給料とは、勤め人が明日も仕事するために、労働力の再生産に必要な経費が支払われているだけだ、とも言って来た。カネの正体は、つまるところ労働力である。
労働力とは儚いものである。
労働力を構成するものは、人間の気力、体力、時間であるが、このうちの時間の性質がボトルネックとなり、まったく保存が効かないのである。
時は流れて行くのだ。
刻一刻と消えて行く「労働力」を保存するものが、お金である。このお金で人の労働力を買う事が出来る。教科書で言うところの「価値の保存と交換」である。すなわち、労働力の保存と交換である。
お金とは、
「俺はこれこれの質と量の労働をしたよ」
の証明書であり、
「俺がやった労働との交換で、この働きをしてもらってもよいか?」
と、交換する材料である。
であるから、普通にガンバって仕事して、体の回復のために飯食って寝て少し気晴らしして、という慎ましい生活を送っている場合、そんなにカネが足りなくなる事は考えにくい。
給料の定義がそうだから。
正社員、正社員の役職付き、派遣社員、アルバイト、など、身分や階級に応じて、その人の回復に必要とされる経費が払われるのだ。(※日本は差別大好きな身分社会であるが、その話はここではしない)
そして勤め人を超えて、商品を持っている人こそが事業家であり、労働力の回復と切り離されたお金を持つことになる。商品をヒットさせて商売で勝てば、豊かな暮らしが出来るのが資本主義のシステムである。
多くの勤め人がそうである通りだが、財務が苦しい人は主に2つの原因が考えられる。
①仕事に対して貰う額が少ない
②身分に不相応な消費をしている
前者は世に言うブラック企業であるから、残業代を申請したりして打撃を加えると良い。
問題となるのが後者であろう。
カネの遣い過ぎ問題である。
とまあ、ここまでは耳タコの前置きであるが、今日の本題は、『耐久消費財』という概念である。
まず、食べ物という商品。
これは食べるとすぐに無くなる。口の中に入れた時点で商品価値はなくなる(転売出来ないし)。あとは消化されて生命を維持するためのカロリーとなって燃えるだけだ。
また、食べ物という商品には鮮度という性質があって、放っておくと時間経過とともに価値が下がる。価値に保存性が無い。
使ってしまうと価値が下がり、使わなくても時の経過とともに価値が失われる。労働力と言う商品と、かなり似た特性である。
次に、貨幣という商品。
広義にカネと言うのではなく、貨幣とした。これは価値の交換や保存を専門とする商品である。硬貨や紙ピラや電子マネーなど。
使ってしまうと価値は消えるが、使わなければ価値はほぼ永久に失われない。食べ物のように鮮度が下がる事は無いし、労働力のように家でゲームやって時間つぶして気付いたら夜で一日の労働力を失いました、って事は無い。
次に、電化製品行こうか。
スマホとか、冷蔵庫とか、PCとか。耐久消費財というやつである。
使ってもすぐに消えはしない事が特徴である。スマホの寿命は2年弱(たぶん)、冷蔵庫は約10年(たぶん)、じょじょに価値が落ちていく。寿命に応じた年数をかけて、ゆっくりと食っていくものである。
車という商品も、耐久消費財であろう。
車に期待する目的が周囲に見栄を張りたいとかなら、新車で買って2年とか3年ぐらいが寿命になるし、ぶっ壊れるまで乗り潰すのが目的なら、10年以上保つ事になるし。
それぞれの目的に応じた寿命はあるにせよ、時間をかけてゆっくり食っていくものだ。
耐久消費財は、使ってもすぐに消えずゆっくり価値が失われる性質と、使わないなら使わないなりに価値は保たれつつもやっぱり陳腐化するのでゆっくり価値が失われる性質を持つ。
余談ではあるが、僕は価値が下がらない物が大好きだ。
では、読者の皆様になぞなぞ。
使っても消えない、時間が経っても腐らない(価値が下がらない)商品があるが、それは何でしょう?
ちょっと考えてみて欲しい。
答え。
代表的な物は、地面だと思っている。土地。
ま、不動産だな。
その不動産の中でも究極の不動産というのが、ヨーロッパにあると言う石造りの建物である。200年でも300年でも保つと言う。使っても消えないし、時間が経っても腐らない、まさしく究極の商品だ。
温暖湿潤で地震や台風や大雨など自然災害だらけの日本において、石造りの建物の価値がなくならないか?というとそれは難しい事であるが、自然災害も少なく乾燥したヨーロッパだからこそ永久資産として成立する商品と言える。
そう言う永久資産を持った一族は、子々孫々まで安楽な暮らしが出来る。労働力の大部分を占める住居のコストが低く済むからだ。
働いて更に富を蓄積するもよし、頑張って働かずにのんびり暮らすもよし。選択の自由がある。
日本の場合は苛烈な気候風土の都合上、住居というのは永久資産ではなく耐久消費財とならざるを得ない。木造も鉄骨も鉄筋コンクリも、雨風と太陽にさらされて、徐々に腐るのである。あるいは、自然災害によって一朝にして灰燼に帰す事もありうる。
日本では、家はたとえ使わなくても価値がなくなっていく。そこに選択の自由は無い。
寝る場所の確保のために一生のうちに膨大なお金(労働力)を毟られてしまう宿命は、日本人を含むアジア人が生まれ持ったハンデと言えるだろう。
そこでだ、耐久消費財について、よーく研究する事がこの国でお金のやりくりを上手する重要な処世術となる。
智恵を絞って、価値が減らない耐久消費財を買うことである。
一気に価値が減る耐久消費財の代表格が、新築の家(特にマンション)、新車である。
スマホなんか高くても10万だし、PCだって20万とかだから、年間の減価なんぞたかが知れてる。小物は良いんだ。
しかしである。大物はちゃんと考えないとダメだ。
家や車は、無頓着に選ぶと年間に100万ぐらい値下がりする物を掴まされる。多くの勤め人は商品宣伝に洗脳されて、値下がりの激しい商品を好む事となり、一生、商品の奴隷となる。
僕の耐久消費財の使用例であるが、車はヤフーオークションで10万8千円で買って、4年間乗り倒して、3万6千円で売ってる。ほとんど減価してない。
現在、住居は勤め人の手当てで住んでるが、その気になれば土地に付いたゴミとして売られている古い木造家屋を買って、自力で修繕して住める様に変えてしまう技術がある。
居住による家屋の値下がりや、家賃の支払いとは無縁の人生であると思う。見栄を捨てないといけないけれどもね。
無論、そうやって余らせたカネは新たな生産設備への投資資金とし、自分の商品を産み出すべきタネ銭として、決戦に備えて温存である。勤め人は嫌だし、事業家やるならロマンを抱きつつ良い物を作り安く売り、そして勝ちたい。
と、言う訳で、耐久消費財の話だった。現代日本を生きる上で必修科目であると思う。
をはり。